鴨川のはりねずみ

多項式の分離性と無平方性

目次

本記事を通じて $K$ は体, $\bar{K}$ は $K$ の代数閉包を表します.

定義

$n$ を正の整数とします.

  • $K$-係数の $n$ 次多項式 $f(x) \in K[x]$ が $\bar{K}$ に相異なる $n$ 個の根を持つとき, $f(x)$ は 分離的 (separable) という.
  • $K$-係数の多項式 $f(x) \in K[x]$ について, 1次以上の多項式 $g(x) \in K[x]$ と多項式 $h(x) \in K[x]$ が存在して $$f(x) = g(x)^2 h(x)$$ を満たすとき, $f(x)$ は $K[x]$ に平方因子を持つという. そうでない多項式は $K[x]$ で 無平方 (square-free) であるという.

文献によって定義が異なるので注意します. この定義では, ある多項式が無平方かどうかは考える係数体に依存し得ます.

簡単な例

有理数体 $\mathbb{Q}$ を係数とする多項式 $$x^2 + 1$$ は代数的数体 $\bar{\mathbb{Q}}$ においてふたつの異なる根 $i$, $-i$ を持つため, 分離的です. $\bar{\mathbb{Q}}$ におけるその因数分解 $$x^2 + 1 = \left( x - i \right) \left( x + i \right)$$ は平方因子を持たないため, これは $\mathbb{Q}[x]$ でも $\bar{\mathbb{Q}}[x]$ でも無平方です.

$\mathbb{F}_2 = \mathbb{Z} / 2 \mathbb{Z}$ を係数とする多項式 $x^2 - 1$ は $$x^2 - 1 = ( x - 1 )^2$$ であることから平方因子 $x-1$ を持ちます. $x^2 - 1$ の根は 1 だけであり, 非分離的です.

分離性と無平方性の等価性

分離 ⇒ 無平方

一般に多項式 $f(x)$ が分離的であるならばそれは無平方です.

対偶を示します. $n$ 次多項式 $f(x) \in K[x]$ が平方因子 $g(x) \in K[x]$ を持つと仮定します. $$f(x) = g(x)^2 h(x)$$ 平方因子 $g(x)$ の次数 $m$ は $m \geq 1$ であることが仮定されていることに注意します. さて, $g(x)$ は $\bar{K}$ に高々 $m$ 個の根を持ち, $n - 2m$ 次多項式 $h(x)$ は $\bar{K}$ に高々 $n - 2m$ 個の根を持ちます. これら以外に $f(x)$ は根を持たないため, $f(x)$ の根の数は高々 $n - m$ 個であり, $m \geq 1$ であることから $f(x)$ の根は $n$ 個よりも少ないです. つまり $f(x)$ は非分離です.

無平方 ⇒ 分離

その逆, 無平方ならば分離, という命題ですが, これは一般には成立せず, 係数体 $K$ が 完全体 であるときにのみ成り立ちます. なお完全体 $K$ とは, $K$ の任意の代数拡大が分離拡大であるもののことです. 標数 0 の体および有限体はすべて完全体です. また代数閉体は自明に完全体です.

対偶を示します. $n$ 次多項式 $f(x)$ が非分離であると仮定します. つまり, $f(x)$ の $\bar{K}$ における根 $$\alpha_1, \alpha_2, \cdots, \alpha_l \in \bar{K}$$ について, $l < n$ であると仮定します. いま体の拡大 $\bar{K}/K$ は分離拡大ですから, 根 $\alpha_i$ ($i = 1, 2, \cdots, l$) の $K[x]$ における最小多項式 $\varphi_i(x) \in K[x]$ は分離多項式です. $\varphi_i(x)$ の次数を $\gamma_i$ とします.

最小多項式の性質から, $f(x)$ は $K[x]$ において $\varphi_{i_1}(x)$ で割り切れます. $$f(x) = \varphi_{i_1}(x) h(x) \ \ (\exists h(x) \in K[x])$$ もし $\gamma_{i_1} < n$ であるならば, $h(x)$ は1次以上の多項式であり $\bar{K}$ に根を持ちます. その根は $f(x)$ の根でもあるため, それを $\alpha_{i_2}$ とすると, 再び最小多項式の性質から $h(x)$ は $\varphi_{i_2}(x)$ で割り切れます. $$f(x) = \varphi_{i_1}(x) \varphi_{i_2}(x) u(x) \ \ \exists u(x) \in K[x]$$ この操作を繰り返すと, 最終的に $f(x)$ の因数分解 $$f(x) = \varphi_{i_1}(x) \varphi_{i_2}(x) \cdots \varphi_{i_q}(x) z \ \ (\exists z \in K)$$ が得られます. 両辺の次数を比較すると $$n = \gamma_{i_1} + \gamma_{i_2} + \cdots + \gamma_{i_q}$$ となっています.

さて, $\varphi_i(x)$ は分離多項式ですから $\bar{K}$ に $\gamma_i$ 個の相異なる根を持ちます. 上式において因子 $\varphi_{i_1}(x)$ は $\gamma_{i_1}$ 個の根, $\varphi_{i_2}(x)$ は $\gamma_{i_2}$ 個の根, ... を持ち, その総数は $n$ 個です. しかし $f(x)$ は非分離ですから, これらの根の中には重複するものが存在します. $\varphi_{i_1}(x)$ の根と $\varphi_{i_2}(x)$ の根に重複があると仮定してよく, その重複する根 $\alpha_*$ は $\varphi_{i_1}(\alpha_*) = \varphi_{i_2}(\alpha_*) = 0$ を満たすため, やはり最小多項式の性質から $$\varphi_{i_1}(x) = \varphi_{i_2}(x)$$ でなければなりません. 従って $\varphi_{i_1}(x)$ は $f(x)$ の $K[x]$ における平方因子です.

難しい例

体 $K$ が完全体ではないならば, $K$-係数多項式で無平方であるにも関わらず非分離なものが存在できます.

$p$ を素数として, $L = \mathbb{F}_p(t)$ を $\mathbb{F}_p$-係数有理関数体とします. $u = t^p$ とおき, $L$ の部分体 $K = \mathbb{F}_p(u)$ について考えましょう. $K$-係数多項式 $$f(x) = x^p - u \in K[x]$$ について, $K$ (および $L$) は標数 $p$ の体ですから, $L$-係数多項式としての等式 $$x^p - u = x^p - t^p = (x - t)^p$$ が成り立ち, $f(x)$ は $L$ で重根 $t$ を持ちます.

一方で $f(x)$ が $K[x]$ で因数分解できるとするならば, その因数は $L[x]$ で $(x - t)^p$ を割り切るため $$(x - t )^i$$ という形のものに限られますが, $0 < i < p$ のとき $$(x - t)^i = x^i - i t x^{i-1} + \cdots$$ の第2項は $K$-係数ではありません. 故に $f(x)$ は $K[x]$ で既約であり, 従って $K[x]$ で無平方です.

参考文献