平面の線型変換と複素数の線型変換
2次元平面 $\mathbb{R}^2$ は複素平面 $\mathbb{C}$ と等価です. 従って平面の線型変換 $$\begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix} \mapsto A \begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} ax+by \\ cx+dy \end{pmatrix}$$ は複素数 $z \in \mathbb{Z}$ の変換に焼き直すことができるはずです.
線型変換の一般形
実行列 $A = \begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}$ が表す線型変換について考えます. 点 $\begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix} \in \mathbb{R}^2$ と複素数 $z = x + i y$ を同一視すると, 変換 $A$ は複素数 $z$ に対する変換とみなせて $$Az = a x + b y + i ( c x + d y )$$ を与えます. $x = \frac12 ( z + z^* )$, $y = \frac{1}{2i} ( z - z^* )$ を代入すると $$Az = \frac{ a -i b + i c + d }{ 2 } z + \frac{ a + i b + i c - d }{ 2 } z^*$$ です. そこで $$\alpha = \frac{ a + d - i ( b - c ) }{ 2 } , \ \ \beta = \frac{ a - d + i ( b + c ) }{ 2 }$$ とおけば $$Az = \alpha z + \beta z^*$$ とまとめられます. これは4つの実数 $a$, $b$, $c$, $d$ がふたつの複素数 $\alpha$, $\beta$ に集約できるということを示しています. このような複素数の線型変換の全体を $\mathbb{F}$ と書くことにしましょう. これは集合として $\mathbb{C}^2$ と等価です.
変換 $f, g \in \mathbb{F}$ の和 $f+g$ およびスカラー倍 $\lambda f$ ($\lambda \in \mathbb{C}$) を $$(f+g) (z) = f(z) + g(z)$$ $$(\lambda f) (z) = \lambda \cdot f(z)$$ により定めれば, $\mathbb{F}$ は複素ベクトル空間になります. これは実平面 $\mathbb{R}^2$ の線型変換の全体 $\mathbb{M}_2(\mathbb{R})$ が実ベクトル空間であったことに対応します. 上で述べたことから, 恒等変換 $1: z \mapsto z$ および複素共役 $\sigma: z \mapsto z^*$ は$\mathbb{F}$ の基底をなします.
変換の合成
複素数の線型変換 $A_{\alpha, \beta}: z \mapsto \alpha z + \beta z^*$, $A_{\mu, \nu} : z \mapsto \mu z + \nu z^*$ の合成変換 $A_{\mu, \nu} A_{\alpha, \beta}$ は $$A_{\mu, \nu} A_{\alpha, \beta} z = ( \mu \alpha + \nu \beta^* ) z + ( \mu \beta + \nu \alpha^* ) z^*$$ と書けますから, これは変換 $A_{\mu \alpha + \nu \beta^* , \mu \beta + \nu \alpha^*}$ に一致します. 特に変換 $A_{\alpha, \beta}$ と複素共役 $\sigma = A_{0, 1}$ との合成は $$\sigma A_{\alpha, \beta} = A_{\beta^*, \alpha^*}$$ $$A_{\alpha, \beta} \sigma = A_{\beta, \mu}$$ です. また実数倍 $r = A_{r, 0}$ ($r \in \mathbb{R}$) との合成については $$A_{r,0} A_{\alpha,\beta} = A_{\alpha,\beta} A_{r,0} = A_{r \alpha, r \beta}$$ であり任意の変換 $A_{\alpha,\beta}$ と可換です (これはそもそも実線型変換を考えていたことの帰結です).
可逆な変換
行列 $A = \begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}$ が表す線型変換が可逆であるかは, その行列式 $$\mathrm{det} A = a d - b c$$ がゼロであるかによって判定できます. $\alpha$, $\beta$ の定義から $$\alpha + \beta = a + i c , \ \ \alpha - \beta = d - i b$$ であることを用いると $$(\alpha + \beta)(\alpha - \beta)^* = ad - bc + i ( ab + c d )$$ ですから, 左辺の実部が行列式 $\mathrm{det} A$ に一致します. 左辺を展開すると $$(\alpha + \beta)(\alpha - \beta)^* = | \alpha |^2 + | \beta |^2 + \alpha^* \beta - \alpha \beta^*$$ となりますが, 右辺第3項および第4項は複素共役の関係にある2数の差ですから純虚数です. よって $$\mathrm{det} A = | \alpha |^2 - | \beta |^2$$ という結論を得ます.
回転行列と相似変換
平面の (鏡映を許さない) 回転を表す行列の一般形は, $\theta$ を回転角として $$R_\theta = \begin{pmatrix} \cos \theta & - \sin \theta \\ \sin \theta & \cos \theta \end{pmatrix}$$ です. この行列に対応する複素数の変換は $\alpha = e^{i \theta}$, $\beta = 0$, つまり $$z \mapsto e^{i \theta} z$$ です.
もう少し条件を緩くして, 任意のふたつのベクトルがなす角が不変であるような線型変換 $A$ はどのようなものでしょうか. このとき, ふたつの直交するベクトル $\begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix}$, $\begin{pmatrix} y \\ -x \end{pmatrix}$ は変換後も直交しなければならないので $$\begin{pmatrix} ax + by \\ cx + dy \end{pmatrix} \cdot \begin{pmatrix} ay - bx \\ cy - dx \end{pmatrix} = 0$$ です. 整理すると $$( a^2 - b^2 + c^2 - d^2 ) xy + ( ab + cd ) ( y^2 - x^2 ) = 0$$ が得られますから, これが $x$, $y$ について恒等的に成り立つためには $$a^2 + c^2 = b^2 + d^2$$ $$ab + cd = 0$$ が成り立つ必要があります. $a^2 + c^2 = k$ とおくと $$a = k \cos \theta , \ \ c = k \sin \theta , \ \ b = - k \sin \phi , \ \ d = k \cos \phi$$ と表示できます. これを第2式に代入すると $$k^2 \sin ( \theta - \phi ) = 0$$ が導かれるので, 結局 $k = 0$, $\phi = \theta$, $\phi = \theta + \pi$ のいずれかが成立します. $k = 0$ はゼロ写像 $z \mapsto 0$ を表し, 残る $\phi = \theta$ または $\phi = \theta + \pi$ については, 前者は回転行列 $R_\theta$ にスケール変換 $\begin{pmatrix} k & \\ & k \end{pmatrix}$ を乗じたもの, 後者はそこにさらに鏡映 $\begin{pmatrix} 1 & \\ & -1 \end{pmatrix}$ を乗じたものです. 複素数の変換の観点では, 結局, このような変換は実数倍 $k$, 回転 $e^{i \theta}$, 複素共役 $\sigma$ の合成変換だということになります.